上杉淳一// 24歳。
長身でハンサムだった。雰囲気が舘ひろしっぽい。

小織里はオ−ドブルに手もつけずにボ−ッとなっていた。

「どうした小織里?」

父の良三が問う。

「えっ?あ、あの…何でもないの」

小織里は慌ててナイフとフォ−クを使い出した。

テ−ブルの向こうの淳一が微笑む。
小織里は真っ赤になった。

卓上のキャンドルの炎が熱い様な気がする。

父が珍しく外食に誘い、しかもフランス料理だと言うので食い地の張ってる小織里は、一も二もなくOK!!

ところがレストランに来て見ると既に淳一が待っていた。

父と二人だけだと思い込んでいた小織里は、素敵な男性が一緒と判ってコチコチに。

彼は小織里を見るなり

「可愛いお嬢さんですね」

と言った。

とても柔らかい声だった。
それで一層ドキドキしてしまった。

淳一は、良三の勤める会社の若手の有望株で一ヶ月後に中東の国へ赴任すると言う。

「任期は三年か」

良三がしみじみと言った。
父も若い頃に海外勤務の経験が何度もある。

「場所によっては五年半。
そうなると上杉君、帰国してから嫁さんを探すのは遅過ぎるな」


「はぁ…」

淳一は曖昧な微笑みを浮かべた。

「どうだ私の娘なんか?」

父のとんでもない言葉に小織里はテリ−ヌを喉に詰まらせた。

急いで水を飲む。

「お、お父さん!!変な事を言わないで!!」

体中がカッと熱くなるのを小織里は感じた。

海外赴任の話が出る前までは、小織里は女の子らしい空想をしていた。

これがキッカケで上杉さんと兄と妹の様なお付き合いが始まって、それから…。
そんな淡い想いを父にスッパ抜かれたみたいで、うろたえてしまった。

「僕が帰国する頃には…」

と淳一は小織里を見つめ

「きっと、眩しそうなレディに成長なさってるでしょうね」

キザな台詞。でも上杉さんが言うとさり気ない…。

その夜、淳一と別れた後も小織里の胸は高鳴り続けていた…。

「お見合いだったの!?」

小織里の甲高い声は狭いダイニングテ−ブルを震わせた。

「そんな驚く事はないだろう」

良三は、お茶を旨そうに啜りながら言った。

「なぁ、母さん」

キッチンで洗い物をしている妻の節子が振りかえる。

「そうですねぇ。ちょっとねぇ。
早い様な気もしたんですが…」


万事におっとりした節子の返事はじれったい。

「早いに決まってるじゃない!!
あたしはまだ高校生よ」


小織里はテ−ブルを叩いた。

「来年は卒業じゃないか。
アフリカの娘達は、もっと若くに結婚するぞ」


良三は平然と言う。

会社では国際派と呼ばれている良三は何処か普通の父親と外れた所がある。

もっとも、こんな時ウィ・ア−・ザ・ワ−ルド♪などとすかさず歌ってしまう娘も娘だ。

「あのね、姉貴」

茶の間から弟の達也が顔を覗させた。
生意気盛りの中学三年生。

「娘が若くて、なんとか見られるうちにフィアンセを決めて於いてやろう。
そう言う親心なんじゃないの?ねッ親父!」


とタイミングよく言われ、やや軽薄な父親は思わず頷いてしまった。

小織里はムカッときた。
椅子を乱暴に引いて立ち上がる。

「話せば解る!!」

父が湯呑み茶碗を取り落としそうになる。

その時、茶の間の電話が鳴り弟が受話器を取った。

「少しお待ち下さい」

送話口を塞ぎ

「上杉さんだって」

「おぉ、そうか」

良三が立ち上がろうとすると弟が手を振り

「姉貴にだよ」

小織里の頬にパッと花が散った。

日曜日の公園
初夏の陽射しと木々の間を渡るそよ風が心地よく目に優しい。

あっちこっちに家族連れや恋人達がいる。
小織里の隣に淳一がいる。

映画『愛と哀しみの果て』を見て来た所だった。

自由奔放に羽ばたきたい男。
いつ訪れるか判らぬ、その男と共にありたいと願う女。
深く愛し合いながら結局は、それぞれの生き方を選んでしまう二人。
そして男の突然の死。

自意識過剰の小織里はヒロインを自分に見立て、映画館でハンカチをグショグショにしてしまった。

「小織里さん」

淳一が芝生から腰を上げる。

「少し歩きましょうか」

「はい」

差し出された淳一の手をとって小織里も立つ。
それだけでドキドキする。

広い公園の並木道を二人は並んで歩いた。
小織里には夢みたいだった。
上杉さんと二人きりでデ−トしているなんて。

良三の話では、あの夜は見合いで有る事を淳一には、それとなく匂わせておいたという。

小織里は何も知らされてなかったが淳一の方は彼女を花嫁候補として見ていた事になる。

それで、こうしてデ−トに誘ってくれたというのは彼が私の事を真剣に考え始めた証拠…。

小織里といえば初対面で既にのぼせ上がってしまっている。

《これが恋かしら?》小織里はパニックに陥りそうだった。

でも、まだ何処かに信じられない気持ちもあった。
上役で大学の大先輩でもある父親の娘と「見合いしろ」と言われて淳一が断り切れなかったとも考えられる。
となれば嫌でも一度や二度はデ−トに誘わなきゃならない。

それを小織里は確かめておきたかった。

「あの、上杉さん」

「なんです?」

「父の事なら気にしないで下さい」

「どういう事かな?」

「だって、このお見合いきっと父が無理矢理…」

最後は消え入りそうな声だった。

「そうだ」と言われるのが小織里は怖かった。

「そうです」

淳一は、ちょっと無神経と思える程ハッキリ言った。

「やっぱり…」

《そうよ。こんな素敵な男性が高校生のアタシを本気で相手してくれる筈ないもの》

小織里は泣きたくなった。

「…最初はね」

と淳一は付け加えた。

「えっ?」

「見合いって、最初は誰でも無理矢理です」

言われてみればその通りだと小織里も思った。

「でも今日、小織里さんをデ−トに誘ったのは僕の意志です」

ベソをかきそうだった小織里に赤味がさした。

「それとも小織里さんにとっては今日の方が無理矢理だったかな?」

淳一の口調は優しい。

「うぅん」

小織里は首を振った。
それが甘える様な仕草になってるのに自分で気付いて、慌てて淳一から目をそらす。

小織里の体内を満たしているもの…それはときめき。

ふいに淳一が足を止めた。
小織里も立ち止まる。

互いの目が自然に合った。
小織里は直感した。

《プロポーズされるかも》

三週間後には淳一は海外へ旅立ってしまう。

《帰国するまで待っていて欲しい》

そんな風に申し込まれたら私…。

「小織里さん」

「はい」

小織里は奮え気が遠くなりそうだった。

「ひと降り来そうです」

「えっ?」

小織里が間の抜けた声を出すと同時にサ−ッと、にわか雨が降って来た。

淳一は小織里の手をとった。

「駅まで走ろう」

走りながら小織里は自分の早トチリに呆れていた。

駅舎の日射しの下には、雨やどりの人々でたちまち一杯になった。

否応なく、淳一と身を寄せ合う事になり、小織里は耳元で彼の胸の鼓動を聞いた。

早鐘の様な小織里のそれとは違って、淳一のは正常だった。
そう思うと小織里は、ちょっとガッカリだった。
と、いきなり淳一の心臓音が速くなった。

小織里は、自分が一人の女と認められたみたいで嬉しくなっていた。

上目使いに淳一の表情を盗み見る。
小織里は目で追った。

雨が上がり、日射しの下を借りていた人々が一斉に駅舎から離れて行く中で一人だけ立ち尽くしている女性がいた。

淳一は、女性を見て、彼女もまた戸惑い気味に彼を見返していた。

淳一が小織里から離れて、二、三歩、女性の方へ踏み出した。

「元気そうだね」

彼女は、それには答えずに小織里の方をチラッと見た。

「可愛いひとね」

淳一は、小織里を気にする様に微かに首を傾ける。
ぎこちないやり取りだった。

小織里は、その様子から映画のワンシ−ンを思い起こしてハッとした。

男と女の再会・見つめ合う激しい抱擁。

《淳一と女性は愛し合っている》と小織里は確信した。

「じゃあ」

それだけ言うと、女性は背を向けた。
後ろ姿が淋しそうで見送る淳一も淋し気だ。

深く愛し合いながら、結局はそれぞれの生き方を選んでしまう…。

淳一が振り返る。

「半年前、あの人にフラれた…」

ふっと、淳一が笑った。

「フラれたのは、私の方…」

裕子は淳一と同じようにフッと笑った。

そんな彼女を小織里は、正面からじっと見据える。

小織里は淳一から、それとなく彼女の名前と勤め先を聞き出して、彼に内緒で訪ねて来たのだった。

小織里は『ただ会って、話したい』そう思っただけだった。

「そんなに見つめないで」

裕子が困った様に俯いた。

「えっ?あっ…ごめんなさい」

小織里は、気を落ち着かせようとジュ−スに手を伸ばす。

「小織里ちゃん、あなたの綺麗な目は誤魔化せないわ」

「………」

「そう…、私は今でも淳一さんが好き。愛してるわ…」

《やっぱり…》と小織里は思った。

「上杉さんも裕子さんの事を愛してます。
この間、駅でお二人の様子を見た時に判りました」


裕子がまつ毛を伏せる。

「半年前にあの人の海外赴任が決まった時にプロポーズされたわ。
帰国したら、一緒になろうって」

「………」

「でも三年、五年も私は待てない…」

「愛してるなら、それ位…」

「私は年上なの」

「年齢なんて…」

「あなたのような若い人の言える事」

「だって裕子さん、そんなに綺麗なのに…」

「ありがとう」

裕子は微笑んだ。

「私は言って欲しかった。一緒に行こうって」

「赴任する中東は、凄く危険な地域だって聞いてます。
上杉さんが言わなかったのは、優しさだと思います」

小織里は真剣だった。

裕子がクスッと笑った。

「ごめんなさい。小織里ちゃんが余り必死で淳一さんの事をかばうものだから」

「い、いいえ。私は…」

小織里は赤くなる。

「幸せねぇ、淳一さん。こんな可愛い人に愛されて」

「上杉さんは二週間後には出発します。
本当に愛してるなら…」


小織里は言いながら熱くなった。

「私なら、付いてくるなって言われても付いて行きます。
それで嫌われるなら、私それでいいもん!」


小織里の目から涙が溢れた。

「小織里ちゃん…」

裕子には返す言葉がなく眩しく思った。

「いよいよですね」

空港のロビーで小織里は淳一と別れを惜しんでいた。

あの雨の日以来、淳一にはデ−トに誘われなかった。
その理由が小織里には分かるような気がする。

数ヶ月ぶりに裕子に再会した時に一言、二言、交わしただけで彼は自分の本当の気持ちを思い知ったのだろう。

それから淳一が裕子に連絡をとったかといえば、そうではなかった事を小織里は知っている。
じれったい人だと思った。

「見送り有難う」

平日なので淳一は、会社の人の見送りは業務に支障が出るといけないからと断ったと言う。

《きっと何処かでコチラを見ているだろう》と小織里を思って裕子は呟く。

「ありがとう。小織里ちゃん」

そして、淳一は心の中で「ごめんね」と言った。

淳一と裕子を乗せた飛行機が地を離れた。

小織里は送迎デッキに佇んでいる。
泣き腫らした目に風が冷たい。

「ごめんなさい。別れの言葉も言わずに消えたりして。
でも上杉さんに涙を見られたくなかったの。お幸せに…」


小織里は何かをふっ切る様に大きく深呼吸した。

「なんだ小織里じゃないか!」

あたふたと来たのは良三だった。

「お父さん…!!」

「お前も上杉君を見送りに来たのか?」

「えぇ、まぁ…」

「今日は大した仕事もないので慌てて来たんだが…」

「たった今、離陸したわ」

「そっか。しかし小織里、お前フラれたんじゃなかったのか?」

「えっ!?」

淳一が小織里を一度しかデ−トに誘わなかったので単純な良三は勝手にそう思い込んでいたらしい。
とはいえ結果的にフラれたのは事実。
小織里は良三には、そう思わせておく事にした。

「未練がね…」

「まあ、そうガッカリするな。
御飯でも食べんか?」


「そうね」

「実はな… 今年の新入社員の中にいい男がいてな…」

「お父さん!!」

小織里は呆れてものが言えなかった。

「いや何、会うだけ。ちょっと会うだけならいいだろう?」

「もう知らないっ!!」


THE END





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