ミッキー・カクレーン(Mickey Cochrane 1903年4月6日生) [アメリカ・プロ野球選手] マサチューセッツ州ブリッジウォーター出身。ボストン大学を経て1924年に、パシフィック・コーストリーグのポートランド球団とのトレードで、フィラデルフィア・アスレチックスに所属。翌1925年からアスレチックスの正捕手を務め、打つ方でも.331と高い打率をマークした。アスレチックス在籍時は主に3番を打っていたが、打率や出塁率の高さから、捕手に関わらず時折1番を打つこともあった。以後カクレーンは持ち前の強い闘争心でチームを牽引し、1928年はリーグ制覇を逃したもののその年のMVPを獲得、翌1929年からはアスレチックスをリーグ3連覇に導いた。 1934年にアスレチックスは財政的な理由から、カクレーンをデトロイト・タイガースへ放出。タイガースで選手兼任監督となったこの年は1年目からチームをリーグ制覇に導き、ワールドシリーズも制覇する。また自身も2度目のMVPに輝いた。タイガースでは翌1935年とリーグ2連覇を果たしている。 彼の現役生活は1937年5月25日の対ヤンキース戦で突然終わる。この試合でカクレーンは頭部の右側のこめかみの部分に死球を受けて10日間も意識が戻らない怪我を負う。医師に再びプレーすることを止められたカクレーンはそのまま現役を引退。翌1938年8月6日に監督を解雇されたが、後遺症と言われる頭痛に絶えず悩まされ続けた。 1962年6月28日にリンパ腺がんのためイリノイ州にて59歳で亡くなっている。1982年にフィラデルフィア野球殿堂入りも果たした。 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
w友達に教えるw [編集] 無料ホームページ作成は@peps! |